種を蒔く人



わたしの友人、カンダタの叫びが聞こえる。

カンダタの悲しみ

ふいに
蜘蛛の糸が垂れてくる
その先に 救いがあると誘う
気をつけて
そこにも
ここにも
たくさんの蜘蛛の糸が
細く光を反射して
私たちを誘う
さあ 登っておいでと
私たちを誘う

そんなものに すがっちゃ駄目だ
蜘蛛の糸は 
すんでのところで切れるのだから
その昔
糸にすがった私の友人は
助かる望みを 
手が届くところに見ながら
無惨にも 
地獄に落ちていったのだから

どういうつもりだか知らないが
救うつもりのない神なぞ
あてにするものじゃないよ
救いは
そこにはない

私の友人の声が聞こえる

声が確かに聞こえる



蜘蛛の糸という話を読むと、いつも複雑な気持ちになる。

作者の芥川龍之介さんという方、
教科書でいくつかの作品は読んでいますが、
彼の作品は好んで読まないので、
その人柄など、よく存じ上げません。
ですから、なんとも言えないのですけど、
この作品から、少しばかり思うところがあります。

この作品に出てくる釈迦は、慈悲深いどころか、
とても残酷な方だと私は感じます。
カンダタの生前に行った、たったひとつの善行に報いて、
蜘蛛の糸を垂れるのですが、
そんなに細い糸で救おうなんて、
ふん! という感じ。
最初から救う気がないんだよね。
嫌味なお方ではないですか? 
地獄に糸を垂らしたら、他の罪人もわれ先に登ってくるのは、
考えれば分かりそうなもの。
あんまり極楽が平和で暇なもんだから、
ちょっとばかしいたずら心が出たのかしらね。

龍ちゃんは、神に対してそういうイメージを持っていたのかもしれない。

カンダタは、悪い人間の代表みたいに書かれているけれども、
根っからの悪人なんていないんだと、わたしは信じているよ。
対して、完璧な人間もあり得ないのだよ。
良い部分と悪い部分が誰にでもあって、要するにその現れの問題。
その意味で、人間はみな平等だと思う。
上等な人間も、そうでない人間もなく、所詮みなさん人間でしょってこと。
善人と悪人を、どこで区別しようってんですかい?
お釈迦様だって、その辺、実のところは分からないから、
どうでもいいと思ってらっしゃるんじゃないのかい?
そんなじれんまを、龍ちゃんはこの作品に投影したかったのかもしれないよ。

だって考えてもみてよ。
カンダタがかわいそうだよ。
わたしは、カンダタの心持ちを考えると、
文句のひとつも言いたくなるんだよ。

この世の人生を終えて、
ひょっとして龍ちゃんと会うことがあったら、
取っつきにくそうだけどね、勇気を出してそのあたり、
問うてみたいと思います。

そしてわたしの見解がどんぴしゃだったら、
幽霊になってみなさんにお教えしましょう。
ふふ。
やめてくれって?
い~ややめない。
きっと教えてあげるから、待っててね。
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by aikannsya | 2010-03-30 07:11 | キリスト者として
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4人の子どもたちと殿と暮らすクリスチャンです。庄内平野のはじっこから、日々の生活をレポートします。
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